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京都に学んだ二人の詩人 鄭芝溶 チョン・ジヨン

  • 2007/11/14(水) 00:00:00

同志社大学今出川キャンパスにある二人の詩人の詩碑、尹東柱の詩碑は彼の没後50年にあたる1995年に建てられましたが、もう一人の詩人鄭芝溶の詩碑は、その10年後、2005年に建てられました。

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『京城スキャンダル』でスヒョン@リュジン氏が手にしていた本、『故郷』の記事で、鄭芝溶は一度紹介したことがあります。多少繰り返しになりますが…鄭芝溶(정지용 チョン・ジヨン)は1902年、忠清北道沃川(オクチョン)郡沃川面(村)に生まれました。

尹東柱よりも15歳年上で、京城の徽文高等普通学校を卒業後、1923年に同志社大学予科に入学、その後文学部英文科で学び、1929年に卒業、京城に戻り英語教師の傍ら、林和のようなプロレタリア文学とは一線を画した作品を数多く遺し、その言葉の美しさや抒情性が高く評価され、韓国最初のモダニズム詩人といわれています。

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尹東柱も鄭芝溶の詩集を愛読していたそうです。解放後は、梨花女子専門学校(現:梨花女子大学)教授などをつとめ、1948年には尹東柱の遺稿集『天と風と星と詩』の出版にも尽力しました。

ところが、朝鮮戦争勃発した1950年のある日、家を訪ねてきた若者数人と外出したきり行方不明となり、北朝鮮に拉致され死亡したのではないかといわれています。行方不明になった経緯をめぐり、長く韓国文学史の中で黙殺されてきましたが、1980年代に名誉回復され、現在では、「韓国現代詩の父」と呼ばれているそうです。
参考:「尹東柱と鄭芝溶―二つの詩碑は国際交流の証―」宇治郷毅(同志社人物誌95)

yundonjyu_2_6.jpg
詩碑に刻まれているのは
彼の京都留学時代の代表作「鴨川」です。

yundonjyu_2_2.jpg


鴨川 十里の野原に
日は暮れて…日は暮れて…

昼は昼ごと 君を送り
喉がかすれた…早瀬の水音…

冷たい砂粒を握りしめ 冷ややかな人の心
握りしめ 砕けよ うつうつと

草生い茂る ねぐら
水鶏(くいな)の後家(ごけ)が 独り鳴き

燕のつがいが 飛び立ち
雨乞いの踊りを 空に舞う

西瓜の匂い 漂う 夕べの川凪
オレンジの皮を噛む 若い旅人の憂い

鴨川 十里の原に
日が暮れて…日が暮れて…


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「鴨川 十里の野原に 日は暮れて…日は暮れて…」ではじまるこの詩は、晩夏の鴨川の夕暮れ、河岸の風景を慕情豊かに描いています。鄭芝溶は尹東柱の訃報を京城で聞いたのでしょうか?才能豊かな若い後輩の非業の死を、彼はどのように感じたのでしょうか。(注:鄭芝溶と尹東柱は生前面識はなかったそうです。)
しかし、その鄭芝溶も、「民族の悲劇」の渦中に巻き込まれ、姿を消してしまいます。


金素雲の『朝鮮詩集』には、鄭芝溶の詩が10編収録されています。(カフェー・フランス、ふるさと、紅疫、不死鳥、臨終、樹、ガラリヤの海、石ころ、時計を殺す、朝餉)
今月11月29日には、金時鐘氏が『朝鮮詩集』を再訳した『再訳 朝鮮詩集』が岩波書店から出版されるそうです。韓国語との対訳となるそうですからとても楽しみです。尹東柱もスヒョンも愛読した鄭芝溶の詩の世界を味わってみてはいかがでしょうか。

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