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京都に学んだ二人の詩人 尹東柱 ユン・ドンジュ

  • 2007/11/11(日) 00:00:00

京都に出向くことがあれば、寄ってみたい場所がありました。
先週の金曜日、京都で一日仕事の会合があったので、朝一時間早く家を出て、「行きたかった場所」を見てきました。

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実はtorakoは5年間、京都に住んでいたことがあります。大学進学のため、今でも本州のことを「内地」と呼ぶ地域の実家を離れ、はじめての一人暮らしが京都でした。京都はよく知っているはずなのに、詩人尹東柱(윤동주 ユン・ドンジュ)と鄭芝溶(정지용 チョン・ジヨン)の詩碑が同志社大学今出川キャンパスにあるということを、つい最近まで知りませんでした。

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今出川キャンパスの正門で、詩碑の場所を聞くと、守衛さんから『尹東柱詩碑』という冊子をいただきました。冊子は32ページもある立派なもので、詩碑の設立趣意書や、日本の高校3年の国語の教科書(新編現代文)に掲載された茨木のり子さんの「空と風と星と詩」という名文(初出『ハングルへの旅』朝日文庫)、尹東柱と同時期に同志社大学に留学されていた韓国の牧師さんの寄稿など、無料でいただくのは申し訳ないほど、盛りだくさんの内容です。

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ハリス理化学館(1889年・重要文化財)

冊子を読みながら、教えてもらった「ハリス理化学館(1889年・重文)」と「礼拝堂(1885年・重文)」の間の場所へと向かいました。

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礼拝堂 チャペル(1885年・重要文化財)

尹東柱は1917年生、『京城スキャンダル』のメンバーでいえば、ナ・ヨギョン@ハン・ジミンちゃんより3歳年下です。生まれたのは中国吉林省北間道の龍井郊外で開拓移民の子として生まれました。「京ス」でもしばしば登場する北間道(プッカンド)です。

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『尹東柱詩碑』(同志社大学)より

1938年延禧(ヨンヒ)専門学校(現在の延世大学)に入学、1942年留学のため来日、立教大学に半年通った後、10月に同志社大学文学部に入学、キリスト教の熱心な信者でした。
17歳頃から詩作を始め、同志社大学在学中の1943年7月に「ハングルで詩を書いた」ことを理由に「治安維持法違反」で京都・下鴨警察署に逮捕されました。懲役2年の実刑判決を受け、福岡刑務所に収監。
祖国解放の半年前、1945年2月16日、27歳で獄死します。死の直前に正体不明の注射をうたれていたという証言があり、遠藤周作の『海と毒薬』のモデルになったような、九州帝国大学医学部の生体実験との関係性も指摘されています。

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鄭芝溶の詩碑(右奥)と仲良く並んでいる
尹東柱の詩碑

非業の最期を遂げ、若くして逝った詩人の作品は解放後の1948年に遺稿集『天と風と星と詩』として、同志社の先輩だった鄭芝溶らによって刊行されました。
生前全く無名だった青年は、その清冽かつ純粋な感性で韓日で愛され、前述したように、日本では高校3年の国語の教科書に採用されたことから、最も有名な韓国の詩人の一人です。

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『尹東柱詩碑』(同志社大学)より 「序詩」自筆原稿

同志社大学に詩碑が建立されたのは、没後50年にあたる1995年2月、碑文には、1941年、尹東柱24歳の時に書かれた「序詩 서시」が刻まれています。

서시 윤동주

죽는 날까지 하늘을 우러러
한점 부끄럼이 없기를,
잎새에 이는 바람에도
나는 괴로워했다.
별을 노래하는 마음으로
모든 죽어가는것을 사랑해야지
그리고 나안태(한테) 주어진 길을
거러(걸어)가야겠다.
오늘밤에도 별이 바람에 스치운다.


序詩 尹東柱

死ぬ日まで空を仰ぎ
一点の恥辱(はじ)なきことを、
葉あいにそよぐ風にも
私は心痛んだ。
星をうたう心で
生きとし生けるものをいとおしまねば
そしてわたしに与えられた道を
歩みゆかねば。
今宵も星が風に吹き晒らされる。
(伊吹 郷 訳)


尹東柱の詩をもう一編だけ紹介します。ハングルにこだわった詩人なので、原文を載せたかったのですが、どうしても見つかりませんでした。こんど韓国に行ったら、真っ先に書店に行って、彼の詩集を手に入れたいと思います。(本を探せるだけの語学力が不安…)

弟の印象画 尹東柱
 
あかい額に冷たい月光がにじみ
弟の顔は悲しい絵だ。
        
歩みをとめて
そっと小さな手を握り
「大きくなったらなんになる」

「人になるの」
弟の哀しい、まことに哀しい答えだ。

握った手を静かに放し
弟の顔を覗いて見る。
       
冷たい月光があかい額に射して
弟の顔は哀しい絵だ。


茨木のり子さんが、尹東柱の詩の中で一番好きだと書いている「弟の印象画」です。彼がこの詩を作った半世紀後、アン・チファンは「人は花より美しい」と歌いました

「人が人として」生きることが困難だった時代を生きて、短い生を終えた尹東柱。日々ミーハーに、怠惰に暮らしているtorakoにとっては、「一点の恥辱(はじ)なきことを」と刻まれている彼の詩碑の前に立つのは眩しく、恥ずかしい…
「人が人として生きられる時代が続くように、今生きている人ががんばらなくっちゃね」尹東柱さん…。

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この記事に対するコメント

私の分まで

撫でてきてくださいましたか?彼の詩碑を。そんなに立派な冊子もいただけるなら、私も今度是非京都在住の「なげやり韓ドラファン同盟」の友人を誘って行ってみたいです。
torakoさまも京都にお住まいだったのですね。「時代」が違うので見た街の風景はずいぶん違うでしょうけど。わはは。

  • 投稿者: 御所
  • 2007/11/12(月) 12:28:47
  • [編集]

空と風と星と詩

御所さま

ハイ、撫で撫で&落ち葉を払ってキレイにしてまいりました。

朝8時30分くらいだったので、ちょうど1講目に向かう感心な学生さんが行き交っていて、こんな環境ならば、イ・ドンジュの魂も慰められるだろうと…。
韓国から京都旅行に来られた若い学生さんが、よく詩碑を訪ねてくるそうです。
御所さまも京都訪問の際にはぜひ行ってみてください。

ゲットした冊子によれば、1995年にKBSとNHKが共同制作した「空と風と星と詩ー尹東柱・日本統治下の青春と死」というドキュメンタリーがあるそうです。どちらかの局で再放送してくれないかしら…。

めっちゃDVDゲットされたんですね。じわじわと欲しくなっています。
今日も、仕事が終わってから録画版の7話を見て、しみじみと感慨に耽っていました。
泡風呂入浴シーンでリュジン氏が鼻歌で唄っている歌が気になっています。(リュジン氏生歌シリーズはまだ続くかも?)

  • 投稿者: torako
  • 2007/11/13(火) 02:12:22
  • [編集]

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