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ソヌ・カン 鮮于寛

  • 2007/09/16(日) 00:00:00

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ソヌ・カン 선우관 鮮于寛

1883年生(推定) 54歳 大きな時代の流れを生き抜く
優れた人格の企業家

나는…핍박을 받든 불이익을 당하든
私は…逼迫を受けるとしても 不利益を受けても
여기에 남아 끝까지 회사를 포기하지는 않을 생각이다
ここに残って 最後まで会社を放棄しないという考えだ

그게 한 기업과 그에 딸린 수많은 직원들의
それが一つの企業とそこに仕える多くの社員達の
생계를 책임지고 있는 경영자의 자세라고 생각한다
生計に責任を持っている 経営者の姿勢だと思うんだ

얼마간은 일본을 상대루
当分は日本相手に
“지면서 이기는 싸움”을 계속 해 나가갈 생각이야
「負けて勝つ戦い」を続けていく考えだ
(最終話シーン49)

この物語の主人公ソヌ・ワンの父。朝鮮王朝末期、平壌近郊の小作農家の三男として生まれる。満足な教育を受けられなかったが、野心溢れるカン少年は、10代で当時の漢城に来て、市場で働き始める。

甲午農民戦争や日清戦争の開始(1894年)、大韓帝国の成立(1897年)と崩壊、日露戦争(1904年)と激動の時代に青春時代を送る。まさに、目の前で「国」が3回滅びた(朝鮮王朝・大韓帝国・日帝)世代。

韓国併合(1910年)から開始された「土地調査事業」や日本の米騒動(1918年)、それを受けた朝鮮半島での「産米増殖計画」などの政策を活用して、米相場で成功、1920年代までに新興財閥に名を連ねるようになる。
1930年代には朝鮮半島での重化学工業重視の時勢を捉えて、「韓洋重工業」を創業、漢江大橋の架橋、水豊ダム(平安北道)の建設(1937年着手)などに関わる。(ここまではtorakoの想像です)

先妻との間にミンとワンの二人の息子がおり、先妻を深く愛していたが、彼女との間に何らかの気持ちのすれ違いがあり、死別した後もそのことを後悔している。現在は後妻としてホ・ヨンファを迎えている。

小作の子ながら、幼い頃から優秀だったイ・スヒョンを我が子のように慈しみ、彼の東京留学の援助をおこなう。我が子ソヌ・ミンがスヒョンの「密告」で死んだあとも、スヒョンを憎むことができない。

新興財閥として、朝鮮総督府に多額の献金をする「親日派」の顔を持つ一方で、常に小作や会社の従業員の生活を気遣い、彼らの生きる道を支えることが企業の理念であると考える、徳治家でもある。



重厚な演技と大変な美声の持ち主、ユン・ジュサン氏は現在58歳、劇団の主宰や、数多くの舞台に出演するなど、韓国演劇界の大物俳優さんのようです。「王の男」(2005)や「ラジオスター」(2006)などの映画やドラマでも「ラブレター」(2003)の司教役や、シベリアさんお薦めの「透明人間チェ・ジャンス」(2006)の署長など、多くの作品に出演しています。さすが、「京ス」脇役も豪華ですよね。

ソヌ・ワンの「日本を相手に負けて勝つ戦い」をするというセリフ、かなり衝撃的でした。韓国社会では、戦前何らかの形で日本に協力した「親日派」の人々に対する姿勢は現在でも大変厳しいものがありますよね。ソヌ・カンの場合は、単に協力したのではなく、表向き協力するように見せかけて、陰で独立運動を支援するという形なんですが…。

ソヌ・カンを人格者として描くのは、PDにとって、かなり冒険だったのではないかと思います。でも、ユン・ジュサン氏の重みのある演技もあって、ソヌ・カンは、ドラマが終わっても、視聴者に強い印象を残しました。

もっと話数があれば、ワンの母との間に何があったのか、エピソードも交えることができたのに…。

※記事の翻訳部分はna-mimさまのブログを参考にしています

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