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第10話 愛すべき「ちらしチーム」カリスマ・ショー!

  • 2007/12/13(木) 00:00:00

キム・タック@カン・ナムギル氏、ワン・ゴル(『もっ知り』で本名がチ・ミンシクと判明)@コ・ミョンファン氏、シン・セギ@ホ・ジョンミン氏のちらし編集部の3人。『京城スキャンダル』のシリアス担当がスヒョン@リュジン氏とソンジュ@ハン・ゴウン嬢なら、ちらしチームは、サチコ&マモルと並んで、コメディ部分の代表選手です。

kyonsu_chirashi_2.jpg

最初は「ちらし」という命名自体に日本人としては「あっちゃー」感がありました。でも回が進むに連れ、彼らの存在感が大きくなるに比例して、「ちらし」は「ちらし」しかない!って感じになりましたね。

kyonsu_chirashi_1.jpg

彼らは、実は何回か物語の展開に、とても重要な役割を果たしています。特に第10話、スヒョンとソンジュの関係も、ワン@カン・ジファン氏とヨギョン@ハン・ジミンちゃんとの関係もどちらも行き詰まってしまった「閉塞状況」突破のきっかけを作ったのは、ちらしチーム!(第10話シーン63・66)

kyonsu_chirashi_3.jpg

ワンとヨギョンの関係を修復しようと、ソンジュが頼ったその先は、月刊ちらし編集部でした。

kyonsu_chirashi_4.jpg
名前はおぼえてもらえないけれど(タック)
ソンジュに頼られて、感激するちらしチーム
この感激が彼らの運命を左右することに
まだ気づいていない…

kyonsu_chirashi_5.jpg
ソンジュの指示どおり
「ソヌ・ワンが行方不明」と
ヨギョンを脅すちらしチーム

kyonsu_chirashi_6.jpg
例の「玄界灘」だとか…
死んだ兄のところに行ったとか…
(本当は寺に行っただけ)


 「玄海灘」で新情報です!ポクギさんより、尹心悳の歌声の聞けるサイトをご紹介いただきました!80年前に玄海灘に消えた歌姫の肉声です。
少し聞きづらいところはありますが、『京城スキャンダル』と同時代の歌声に耳を傾けて見てください。
 


◆ 玄界灘「死の讃美」の記事に追記しました



この場面もそうですが、彼らの演技、呼吸がぴったり合っています!3人の呼吸が命なんで、きっと何回も練習してるんだろうなー。やはりリーダーのタック@カン・ナムギル氏が色々なアイディアを出していたそうです。現場でもムードメーカーだったみたいだし、本当に「京ス」に欠かせないのがちらしチームの存在でしたね。

kyonsu_chirashi_7.jpg

『もっ知り』のインタビューを読むと、ハン・ジュンソ監督の考えでは、ちらしチームは最終話で、華々しく死ぬ予定だったそうです。チン・スワン作家が監督に「生かしておいてはだめですか?」とかけ合って、結局生き残ったとか。よかったね~。ちらしチーム。

編集作業で一番カットされたのがちらしの場面だそうなので、監督版DVDを見る時は、放送されていなかった場面がないかどうか、気を付けて見てみますね~。

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この記事に対するコメント

大好きです。ちらしチーム

大好きなチラシチームの、それも私が一番好きだったシーンで感激しました。セギ君、かわいくてかわいくて、3人の呼吸もぴったりのシーンですね。漫才師なら何度も舞台でできるのに対し、彼らは1回しかない本番だけど、相当練習したんでしょうね。衣装も彩りが3人セットになっていて、気を使っているのがよくわかりました。

そもそも賭けは飲み会の話から始まったし、節目節目に出てきて役割を果してましたね。エムルダンに入るとは驚きだったけど...カットシーンが多かったんですか、惜しいですね。それに最後死ぬことになってたんだって?監督は最後相当殺したのに、彼らまでとは...スヒョンも死ぬ予定だったんでしょう?

久しぶりに夜中の作業をやめて、ワイン飲みながら書いています。さっきは自分のところに意味のない駄文を書いてしまい、後悔したんですが、削除しようかと思ってるうちにtorakoさんに見つかってしまいました。コメントまでいただいて...本当にありがとうございます。私の訳文、本当に間違いだらけで恥ずかしいものです。

私は正解答を見るのが怖いからテレビの字幕版は見ません。というか契約してないし...でもたくさんの人にドラマ見て欲しいし、このブログもたくさんの人に見ていただきたいですね。2007年ブログ大賞(審査員、私)は京城蒼月倶楽部に決定です。

  • 投稿者: na-mim
  • 2007/12/13(木) 00:32:43
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こんばんは

ニム・ウェールズの「アリランの歌」(安藤次郎訳)が愛読書でしたが、隣国の出来事には、断片的なニュースでしか接してきませんでした。金時鐘、梁石日の作品に触れ、日本語字幕の「太白山脈」、「砂時計」、「アナーキスト」などのDVDを経て「京ス」に辿り着きました。torakoさんのブログを契機にしてハングル、コリア語を学び始めました。紹介された「ソナギ」を古文読解の要領で読んだり、中野重治絡みで槇村浩(1912-1938)の「間島パルチザンの歌」、間島関連で姜在彦の「満州の朝鮮人パルチザン」、あるいは高峻石の諸著作へと否応なく拡がることになりました。多謝。まあ1937年の「京ス」はやはりフィクションでしかないのですが、いろいろな別れ枝への逍風を可能にしてくれる作品かも知れません。諧和堂書店の壁の標語は、多分1931年に東亜日報が始めたヴ・ナロード運動(識字運動)のものだろうと思うのですが、1934年(宇垣総督)には禁止されたとのことです。蛇足ですが、あれはないというものを一つ、病室にある点滴瓶とプラスチックの点滴セットです。torakoさんの傾倒的ブログに、retrospectiveにお訪ねいたしました。

  • 投稿者: ポクギ
  • 2007/12/13(木) 22:21:38
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生死の分かれ道

na-mimさま
やっとチラシチーム出演!
どこかで、きっと…と思っていたのですが、なかなか出せなくて、やっぱりこの10話が私も一番好きだったもので。

>2007年ブログ大賞(審査員、私)
めっそうもない!リアル視聴しながら、na-mimさまのお部屋に入り浸って、色々妄想していたことを、アウトプットしようと始めた、オタクブログです。
本当は、「京ス」日本放送までにアウトプットを終えて、おとなしくしようと思っていたのに、すぐ脇道に逸れるもんだから、とても放送開始までに間に合いそうもありません。

でも、「京城廃人同盟」時代からのメンバーをはじめ、ここをオープンしてから、新しくおしゃべりできるようになった人もいて、自分が知らなかった世界、人とのつながりに出会えて幸せだなーと、しみじみ実感しています。

チラシチームやスヒョンを生かしたように、ガングやイノも助けられなかったのでしょうか?ソンジュは精一杯生きたので、仕方ないかな…と思いますが、監督も言っていたように、ガングやイノは、もう少し丁寧に描いてほしい部分でした。16話の限界でしょうけれど。
特にガングは魅力的なキャラクターだっただけに、少し残念でした。

  • 投稿者: torako
  • 2007/12/13(木) 22:28:00
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歴史の断片

ポクギさん、こんばんは!
ふらふらと何処へ行くかわからない我がブログを丁寧に読んでいただき、こちらこそありがとうございます。

>「京ス」はやはりフィクションでしかないのですが、いろいろな別れ枝への逍風を可能にしてくれる作品かも知れません

私がなぜ「京ス」にこだわって書き続けているのか、ポクギさんのこの言葉が一つの答えなのかな…という気がしました。(もちろんリュジン氏が出演していたというのが最大の理由なんですが…)
「京ス」はfusion史劇というふれこみでしたので、見る前から、歴史的背景よりもドラマ性を重視するのだろうと思っていました。
事実、そうだったんですが、かえって歴史の流れに忠実に作られているドラマよりも、物語のあちこちにちりばめられている「歴史の断片」を拾い集めることで、見るものにより立体的な歴史的イメージを与えるドラマなのではないかと、今ではそう思っています。

多分に思いつきと勢いで書いていますので、恥ずかしいのですが、学生時代、隣国の歴史や文学をその気になれば学べる環境に身を置いていたにもかかわらず、何の関心も持たなかった反省と後悔の反動がきているのかも知れませんね。

諧和堂の標語、実は気になっていたんです。「学ぼう!教えよう!皆一緒に ブナロード」と書いてあるのはわかったんですが、最後の「ブナロード」が辞書(朝鮮語辞典)を引いても訳せなくて、あきらめていました。そうか、Vnarod、識字運動のことだったんですね。ありがとうございました!点滴もNGなんですか、つっこみどころ満載ですね~。

ポクギさんのコメントを読んで、書棚から岩波文庫の『アリランの歌』を引っ張り出してきました。昔一度読んだと思うんですが、是非もう一度読みたいと思います。(お正月の楽しみが増えました)やはり、安藤次郎訳版の方がいいんでしょうか?朝日書房版も探してみます。
それでは、また是非お越しください。お待ちしています。

  • 投稿者: torako
  • 2007/12/14(金) 02:56:39
  • [編集]

「アリランの歌」

そうです。ニム・ウェールズがキム・サン(張志樂)と会ったのも、まさに1937年、7.7盧溝橋事件の直前でした。
安藤次郎訳は1941年初版本を底本にしており、みすず書房のものを愛読してました。朝日書房(朝鮮と日本の書房とのこと)のものは未見です。岩波文庫(1987)は1973年の第二版が底本で、初版のまえがきと回想からの削除部分があります。「知識人は、他から裏切られえないものなのである。おのれ自身とおのが職業とによって裏切られうるだけである。」という気になる言葉も残念ながら、まえがきから削除されています。とはいえ資料的には、水野氏の補注と故・梶村秀樹氏の解説は有用だと思います。たとえば海岸でスヒョン、アジトでイノが手にしていた「朝鮮革命宣言」は、申采浩が義烈団のために1923年に執筆した綱領的文書であるとか。
V NARODO!というと、どうしても石川啄木の「はてしなき議論の後」となりますが、袋小路に入りそうなので、また。

  • 投稿者: ポクギ
  • 2007/12/14(金) 23:32:34
  • [編集]

「奇蹟」のような…

ポクギさん
こんにちは~
昨日まで、締切仕事に追われていましたが、無事提出。今日は休日で、ゆっくりコーヒーを飲みながら、コメントを読ませていただきました。
そうか、朝日書房版というのは稀覯書の類なんですね。みずず版を古書で探してみます!解説にも書かれていましたが、本当に「奇蹟のような」出会いによって誕生した本なんですね。キム・サン氏は、この本の刊行を見ることなく、汚名を着せられて処刑死されたとか。本当に何という時代…。彼も自分の語った言葉が70年後にこのように広く読み継がれているとは想像もできなかったでしょうね。

こんな話をしていたら、最終話でのイ・ガングの台詞を思い出しました。
「そうしたら歴史の本にカッコよく一行、記録されたかも知れないじゃないか…。ハハハ… 実際 歴史の本にも俺たちはいない!金持ちのやつら 学のあるやつらの話しかないだろ」
記録されることもかなわなかった多くの人生が、その底流にあるのだと思うと、『アリランの歌』がますます重い意味をもってくるような気がします。

ご指摘のとおり、義烈団(イヨルダン)や『朝鮮革命宣言』も「京ス」の中に色々とちりばめられていましたね。「京ス」は韓国では中・高生のファンが多かったようですが、これらの歴史的背景は折り込み済みなんでしょうね。日本では、教科書にも出てこないですから。

スヒョンが正体を明かす11話ラストの記事あたりで、少し突っ込んでみようと準備中ですが、なかなか良い参考書がなくて困っています。ポクギさんご推薦の本があれば、是非教えてください。

  • 投稿者: torako
  • 2007/12/15(土) 13:09:43
  • [編集]

難題です

スヒョンやワンと同じ1910年生まれの高峻石氏の著作が同時代史となっていると思います。手元にあるのは、「朝鮮革命運動史」全3巻、「南朝鮮学生闘争史」しかありませんが、後者の最初の3章がヘバンまでの概説になっています。
何より「京ス」がフィクションで、エムルダンのような民族主義的テロ組織は、1937年のソウルには存在しえないことが、困難の原因かも知れません。ロシアに行っていたソンジュは当然教育を受けた共産主義者として帰ってきたでしょうし、1925年4月に朝鮮共産党、高麗共産青年同盟が結成され、9月に朝鮮学生社会科学研究会が結成、機関紙「科学運動」を発刊、各校単位で社研が組織されており、ミンやスヒョンはそこで活動してたでしょうし、1926年6.30万歳運動(ソウルで6万人、学生2万4000人がデモ)に参加し、日本に留学してさらに革命への意識を強固にしたはずです。ヨギョンは梨花女高(学堂)出身とのことで、獄死した先輩柳寛順のようにという意思があったでしょうし、1929年の光州学生運動に参加したはずです。1929年光州での11.12決起に始まり、ソウルでは12.5に中等学校以上の学生の大部分がストまたはデモ、12.9、12.15とデモ、1930年1.15には、各校から街頭デモ、梨花女高生も400名デモで55名検挙されています。3.1蜂起、6.30万歳運動は、平和的・非暴力抵抗主義に終わってしまったが、この光州学生運動で、学生運動として初めて流血を辞さない闘いが行われ、その後の学生運動の伝統となったとのこと(p.65)ヨギョンのパンチ、キック、パッチギはそれ以来のものか。fictiousな想像でしかありませんが。
じっさいは「秘密の地下活動」と「苦難なテンポののろい闘争があるだけだった」(みすず版、p.22)でしょうから、アクション・シーンもなくドラマとしては、という感じは否めないだけでなく、やはり南北いずれの「公式的立場」とは全く異なる視線からしか、あの時代、そして現代も本当に把えることできないのではないかと思います。
用事ができました。また後ほど。

  • 投稿者: ポクギ
  • 2007/12/16(日) 12:32:26
  • [編集]

このままでは

歴史の断片を探しに飛び立ったきり、ポクギは無事に巣の中に帰って来ることができなくなりそうです。それらの断片がおのずと繋がって行くの待つことにして、ACミランvsボカを見ました。詳細は「日刊ちらし」のスポーツ欄を。

  • 投稿者: ポクギ
  • 2007/12/16(日) 22:28:54
  • [編集]

ポクギは巣に向かって…

ポクギさん

『南朝鮮学生闘争史』は古書で千円ほどで入手できそうだったので、注文してみました。1929年の光州学生運動が契機になったとのご教示、なるほどと思い読ませていただきました。先日、東京出張の際に水道橋にある1919年の2・8独立宣言の現場を訪ねて、色々と資料をいただいて来たので、これと合わせて、東京留学生の動向も興味を持っていたところです。

ヨギョンの「武闘派」っぷりの解釈、思わず「ぷぷぷ」と吹き出しながら、でも、さもありなんと…。ドラマでは、残念ながら、彼女の歩んできた人生は、父の死(父とスヒョンとの関わりも)の件も含めて、十分に描かれていたとはいえませんでしたので、もし、シーズン2ができるのであれば、期待したいと思っています。

巣に帰れませんか?大丈夫!ポクギは巣に向かって飛んでいきますから…(^^;)
ポクギさんがスポーツ欄なら、torakoは芸能・エンタメ欄でしょうか?時折、断片を拾いながら、芸能レポーターにもなり、傾倒俳優の動向に一喜一憂する行き先不明の部屋ですが、末永くお付き合いいただければ幸いです。

  • 投稿者: torako
  • 2007/12/16(日) 23:03:57
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