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第10話 雨の夜の銃撃戦~希望歌にのせて~

  • 2007/12/09(日) 00:00:00

『京城スキャンダル』監督版DVDのインタビューや、『もっと知りたい韓国ドラマvol.22』を見ていると、ハン・ジュンソ監督が、「希望歌」にかなりのこだわりを持っていたということがわかります。

kyonsu_jyugeki_5.jpg

第10話までで、「希望歌」が使われていたのは…(テーマ名はtorakoが勝手につけています)
第2話シーン28「月下の邂逅」
◆第3話シーン28「鐘路警察署前、車に乗り込むソンジュを見つめるスヒョン」◆第3話シーン32「ソンジュの希望歌」
第4話シーン62「クロメド・サラガヤニッカ」
第9話シーン12「ソヌ・ワンの希望歌」

第5話から第8話まで、監督は「希望歌」を使っていません(だぶん…違ってたらご指摘ください)
ハン・ジュンソ監督は「希望歌」を大切におもい、「希望歌」の場面を慎重に吟味していたようです。

kyonsu_jyugeki_1.jpg

監督版DVDのインタビューでも、ヨギョン@ハン・ジミンちゃんがヘファダンで夜学の子どもたちと「希望歌」を合唱する場面が収録されていたのですが、結局使わなかった…という話が出ていました。なぜ使わなかったのか、その理由はtorakoの聞き取り能力ではわかりませんでしたが、どうも、ソンジュの場面に限定したようなニュアンスのことを言われていたように思います。

過去4つの場面から考えると、「希望歌」の旋律が流れる場面は、ソンジュの心象風景。スヒョン@リュジン氏を想うソンジュの心の風景なのではないでしょうか。
だから、第7話の「朝鮮総督府保安課イ・スヒョン」は希望歌を流してもいい場面だと思いましたが、スヒョンの心の動きが中心のシーンだから、違う曲だったのかも。
そう考えると、やっぱり第9話の「ソヌ・ワン@カン・ジファン氏の希望歌」はNGなんじゃないかな~。別の曲の方がよかったような気がします。

kyonsu_jyugeki_2.jpg

さて、カルペディエムVIPルームで「これ以上敵として会うことさえなければ、あの時のように銃を向ける状況さえなければ、僕は満足です」とソンジュに「警告」したスヒョン。思ったより早く、恐れていた状況がやってきました。「エムルダン」取引をしている中国人武器商が捕らえられ、情報が漏れたのです。コウジやガング、鐘路署の警官たちとともに、スヒョンも現場で、待ち伏せました。(第10話シーン54)

kyonsu_jyugeki_3.jpg

降りしきる雨の中、近づいてくるオートバイに対して
スヒョンは銃を構え、叫びます。
ここで、「希望歌」のピアノインストが流れ始めます…

그대로 움직이지 마!
そのまま動くな!
움직이면 쏘겠다!
動けば撃つ!
총을 내려놓고 머리 위로 손 올려!
銃を下ろして、手を頭の上に上げろ!

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ソンジュの耳に届いた声は、スヒョンの声…愛しいスヒョンの声を確かめるような表情のソンジュ、次の瞬間、狙撃手の顔に変わり、再びオートバイのエンジンをふかしました。

kyonsu_jyugeki_7.jpg

突破しようとするオートバイに向けて、鐘路署の狙撃隊の銃弾が飛びます。スヒョンはまるで、ソンジュを庇うかのように、前に出て…、ソンジュの左腕を撃ち抜きました。

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ソンジュもスヒョンに向けて銃を放ちます。間一髪、銃弾をかわして立ち上がったスヒョン。硝煙の立ちこめる中、去っていくソンジュのオートバイ。

kyonsu_jyugeki_10.jpg

遂に銃を向け合ってしまった二人…突破に成功したソンジュは、クンドクの車で、雨上がりでネオンの美しい京城の街を抜け、ミョンビンカンに向かいました。傷を押さえながら、ソンジュは何を想うのでしょうか。

kyonsu_jyugeki_11.jpg

『もっ知り』のインタビューで、ハン・ゴウンさんがこの場面を語っていました。

どしゃ降りの中、深夜の12時ごろ撮影に入り、スタッフ全員がびしょぬれになって、やっと撮影が終わったと思ったら、撮影したフィルムが全部ダメになって、皆で雨に打たれながら必死で撮り直しをしたそうです。

放送が当日の夜だったそうなので、凄い事態の中撮影された場面だったんですね。…ということは、7月5日の未明に撮影されて、当日の夜放送されたということか…。

「京城廃人同盟」ではこの頃、「予告編が出ない!」とみんなで怒っていましたが、出せるはずありませんよね。あぁ、恐るべし韓国ドラマ!

kyonsu_jyugeki_12.jpg

 

第10話シーン54
雨の夜の銃撃戦
希望歌にのせて


※記事の翻訳部分はna-mimさまのブログを参考にしています

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この記事に対するコメント

なぜかひっかかって、ずっと考えていたんですが...
私の場合、9話でのワンのめちゃくちゃな「希望歌」は必然とまではいかなくても、許容範囲です。あの時、自暴自棄になったワンがめちゃくちゃに歌ってましたが、実は心の奥深くには深い悲しみがあって、それをああいう形で表現していたんじゃないかと...

あの深く美しい希望歌を、はちゃめちゃに歌うところに主人公の重みがあったんじゃないかと...他の人だったら許せないけど、ワンだから、主人公なのに、スヒョン&ソンジュにもってかれそうだったけど、実は深い心の傷を持っていたワンだからこそ希望歌を、あんな形で監督は歌わせたんじゃないかと...

いい男が酔っ払って泣きながら歌をがなりたてるのも惚れた女には魅力的なんですよ...

  • 投稿者: na-mim
  • 2007/12/11(火) 01:07:50
  • [編集]

「希望のドラマ」

na-mimさま、こんばんは
深いテーマですね。実は昨夜のうちにコメントを読ませていただいていたのですが、すぐにレスが書けなくて、通勤の行き帰りにソンジュのノレを聞きながら考えていました。

確かに、あれだけ完成度の高い作品を生み出した、ハン・ジュンソ監督と、チン・スワン作家が、いいかげんな気持ちで、「ソヌ・ワンの希望歌」を入れたのではないということは、理解できます。

しかし、私が一番ひっかかるのは、第8話ラスト、ワンが、傷ついたヨギョンの肩をスヒョンが抱いているところを見た直後に、この歌のシーンが入るということなんですよね。
「単なる失恋の歌になっちゃうじゃない…」という思いなんです。

「希望歌」は哀調に満ちて、絶望と虚無に支配された時代に歌われた歌ではあるけれど、何か、微かではあるけれど、一筋の「希望」、みんな諦めてしまうんじゃなくて、生きて、生き抜いて、たとえ、自分の世代に幸せな世の中が来なくても、後に続く者に「希望を託す」…という、執念というか、言葉では言いあらわしにくいけれど、そんなメッセージを感じるんです。そういえば、リュジン氏も『もっ知り』のインタビューの中で『京城スキャンダル』は「希望のドラマ」だと言っていました…。

ワンが歌うこと自体は、主人公でもあるし、必然だと思うんですが、同じ歌うのならもう少し先のシーンで、同じ9話でも、ワンが「何があってもヨギョンを死ぬまで見守る」覚悟を決めた後半あたり、スヒョンがソンジュの初恋の人だと知るミョンビンカンのシーンあたりで、美しい月夜の下で、静かに歌う…くらいが良かったんじゃないかな…と。

ハハハ…。ご存じのように、私の『京城スキャンダル』の見方は、めちゃくちゃ偏ってるんで、こんなこと書いてると、監督に怒られるかな?

リュジン氏パパ騒動で、少し中断していますが、もう少しで11話に入ります。怒濤の11話どうしよう…。確かに睡眠時間は短縮モード?ですが、妙にハイテンションで、毎日元気に過ごしています。今は「めざせ!お正月休み!」ですね~。

  • 投稿者: torako
  • 2007/12/11(火) 23:30:39
  • [編集]

そうか...希望を託す歌なんですね...私にはもうスヒョンとソンジュの哀しみの歌になってしまっていました。

あまりに美しく、儚く、哀しい2人の歌だから、逆に一発主役に歌わせてしまえ...というのが私の、これまたハチャメチャな論理なんですが、全体の中では趣旨が違ってたのかもしれませんね。

ただ、私にとっては、ワンがカフェでこの歌をがなり立てたあのシーンが忘れられないのは確かなんですよね。初見のときには、何なんだこれは、雰囲気壊さないでよと思ったのは事実なんですが、かえって妙に覚えているんです。何なんだろう。あの時、私はやっぱり惚れてたのかもしれません。論理よりも感情を優先してしまう私みたいな愚か者にとってはちょっとゆすぶられるシーンではありました。

  • 投稿者: na-mim
  • 2007/12/12(水) 01:32:57
  • [編集]

ソンジュ目線でスヒョンを凝視

na-mimさま

ドラマに限らず小説でも登場人物のうち、誰の目線で見てしまうかによって物語の解釈が微妙に変わってきますよね。『京城スキャンダル』では、私はやっぱり「濃霧警報」の中、ソンジュ目線で、スヒョンを凝視していたのかなー。(ハハハ不気味?…)
リュジン氏じゃなかったら、もう少し冷静に見れたかも知れないんですけど。

監督も、登場人物の誰かに肩入れしてしまうってこと、あるんでしょうかね。うーん、きっとあるなー。前半はワンとヨギョンの心温まる美しい映像が多かったけれど(自転車や海辺やサッカーのシーン)後半は、スヒョンとソンジュをいかに美しく映像化するか、かなり凝っていたような気がします。

  • 投稿者: torako
  • 2007/12/12(水) 18:34:25
  • [編集]

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