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「十字架」 尹東柱からイ・スヒョンへ

  • 2007/11/25(日) 00:00:00

出張のため、午前便で東京へ。午後からの会議に少し時間があったので、水道橋の駅からお茶の水駅までぶらぶら歩きました。寄りたかった場所は別にあったのですが、途中思いがけず、カトリック神田教会(千代田区西神田)の前を通りました。

kyonsu_jyujika_1.jpg

カトリック神田教会は、聖フランシスコ・ザビエルに捧げるために、明治7年(1874)に開かれた歴史の古い教会です。現在の建物は、関東大震災後に復旧された昭和3年(1928)の建築。国の登録文化財になっています。
内部も見学することができました。ちょうど結婚式の準備中。美しいステンドグラスや聖母のイコン、暖かで明るい雰囲気の祈りの場…。
この場所は、三・一独立運動の嚆矢ともなった、二・八独立宣言(1919年2月8日)の現場から目と鼻の先。
11月下旬とは思えない、暖かな陽気、晩秋の太陽が教会の十字架にやわらかな光をそそいでいました。

kyonsu_jyujika_2.jpg

マイブームが続いている尹東柱の詩、「十字架」が思い出されます。でも尹東柱の詠った教会堂はきっと明洞聖堂のようなゴシック様式の尖塔で、時間も夕暮れ。少し条件が違うけれども、ご勘弁を…。
90年近く前、朝鮮人留学生たちが、祖国独立への思いを高らかに宣言したこの場所で、尹東柱の詩をイ・スヒョン@リュジン氏に贈りましょう。

kyonsu_jyujika_3.jpg

「十字架」 尹東柱

追いかけてきた陽の光なのに
いま 教会堂の尖端(さき)
十字架にかかりました。

尖塔があれほど高いのに
どのように登ってゆけるのでしょう。

鐘の音(ね)も聴こえてこないのに
口笛でも吹きつつさまよい歩いて、

苦しんだ男、
幸福なイエス・キリストへの
ように
十字架が許されるなら

頸を垂れ
花のように咲き出す血を
たそがれゆく空のもと
静かに流しましょう。


1941.5.31

(伊吹郷 訳)


kyonsu_jyujika_6.jpg

この「十字架」という作品は、「民族受難の現実に対して、詩人ひとりその悲劇を負うことを希ってあらわれた殉教者的心情と願いがよく表現されている」(「暗黒期の星の空」白鉄『尹東柱全詩集 空と風と星と詩』所収)と解釈されています。

kyonsu_jyujika_4.jpg

裏を返せば、「友」や「大切な人」の「十字架」を一生背負って「それでも生きていかなければならない」イ・スヒョンのような人物の苦悩を感じることもできるのではないでしょうか。(すみません…torakoの勝手な解釈)

kyonsu_jyujika_5.jpg


東京での予定を終え、有楽町の三省堂で、御所さまに教えてもらった、茨木のり子さんと金裕鴻氏の共著『言葉が通じてこそ、友だちになれる』を購入(この本はAmazonのカートに入れていたが、『めっちゃ』購入思案問題のため、レジに進んでいなかった)
帰りの機内で一気読み。

もう疲れた…ゆっくりしたいけれども、明日も朝から義務的行事あり。あぁ、怒濤の三連休だわ。せめて想像の世界で遊びましょう。(これで「京ス」DVDが届いたらどうしよう、あわわ…)

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